in陰扉door_novel_1

第二章 平穏、変更




彼との生活を始めて、一週間が経った。

神宮寺剣との暮らしは、意外にも悪いものではなかった。
予想していたものより、はるかに良かったといって良い。
けれど・・・・・・

「神宮寺さん」
「その呼び方やめろ。下の名前で呼べ。剣、剣くん、剣さん、剣様のどれかだ」
「えっと、じゃあ剣さん」
「剣で呼べ」
(じゃあ最初から聞くなよ・・・)
「いや待てよ、せっかくの下僕なんだからご主人様っていう手も」
「剣で、お願いします」

「何だよ、帰って来たんだったらただいま位言えよ」
「今日の夕食の買い物に行って来ました」
「今日、何?」
「ハンバーグです。剣がどっちが好きか分からなかったから、デミグラスソースと和風ソース、どちらも作れるように材料買ってきました」
「あ、俺今日ステーキがいい。買ってきて」

「お前さ、俺のこと剣って呼ぶくせに、敬語使うって・・・なんかおかしくねぇ?」
「あんたが言ったんじゃないですか」
「ほら、あんたって、お前俺に敬意払ってないだろ。・・・いやそれも萌えるといったら萌えるか。流行だし、ツンメイド」
「分かった、敬語使わないようにする。これでいい?」
「おいてめぇ何下僕のくせに、主人に親しげに話しかけてんだ、コラ」
「はあ?だってあんたがさっき」
「俺は一言も敬語じゃなくていい、なんて言ってねえ!!」
「痛い痛い、頭グリグリ、痛いってばぁ!」

どうやら剣の中では、私は下僕という位置づけらしい。
家政婦じゃなくて下僕、もしくは萌えられるメイド。
神宮寺剣は変態らしい。いや、間違いなく変態である。
今のところ、身の危険も感じていないし、当初感じていた不安とは裏腹に彼との生活は悪いものではない。
本当に、彼に拾われる形になって良かったと思う。
もし一週間前、彼に助けられなかったら私はどんな生活をしていただろう。
もしかしたら死んでいたかもしれない。
だから彼には感謝している。
けれど・・・・・・・

「愛ーーーーー愛ーーーラーーーーブ!!!!」
剣の私を呼ぶ声が、風呂場から聞こえてくる。
「何ですかーー!?!?」
「酒が飲みてぇ!注げ!」

私は、イエスと答えるしかない。

「学校?」
まさか、剣からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
剣が風呂を上がり、彼にビールを注いでやっていた時のことだった。
彼はいわゆるパンツ一丁という格好で、最初の私だったら目のやり場に困る状況だったのだけど、今はもう慣れた。
「おう、お前、高校生だろ?ごたごたがある前は学校に通っていたんだろ?だったら」
学校に行きたいという気持ちは強い。
まだ、私は夢を諦めきれてないかった。
時々買い物帰りに本屋に寄って参考書を読み漁ったり、貰った小遣いは教材を買うのに使っていた。
「でも、いいんですか?そうしたら家事は今までよりもできなくなるし」
「気にするこたぁねえよ。俺は夕方から次の朝までしか家にいねぇんだし。やることはそんなに変わんねぇだろ」
私は胸が熱くなった。
一週間、散々こき使われてきたけれど、なんだかんだいって優しい・・・
「小遣いは半減だけどな」
くはなかった。
(なんでやることは変わんねぇって言っときながら、小遣い下げんだよ)
小遣いは貧乏だった私からしても、そんなに多く貰っていないというのに。
けれど、居候させてもらっている身で、文句は言うべきじゃないとも思うので、黙っておく。
「高校は、反町高校だな」
「!なんでそれを」
「さあ、なんでだろうな」
まさか、私のストーカー?
そんな言葉が浮かんだが、また自意識過剰女と言われそうだから、そのまま飲み込んだ。
ラブホテルで会ったのは偶然だろうし、きっとそんなことはないだろう。
「制服はお前が着ているし、明日からでも行けるな。それ脱げ。洗濯してやる」
「はあ?・・・だって、洗濯している間着る服ないですよ」
「ああ、ちょっと待て」
そう言って、剣は自分の部屋へ消えた。
「えーっと、この辺にあったと思うんだけどなぁ。お。ったくあの女、こんな服残しやがって」
剣の声と共に、布擦れの音が聞こえる。
(こんな服って、どんな服なんだろ?)
私は少し興味を持った。
「おい、愛。こんな服でいいか?」
その服は薄い布で繕われた、レースの可愛い薄いピンクのネグリジェだった。
彼から受け取り、臭いを嗅ぐと外国の洗剤の香りがした。
「汚くねぇぞ」
肌触りがよく、高級な素材で出来ていることが推測できた。
「いいんですか?彼女さんの服じゃあ・・・」
「彼女ぉ?違ぇよ。ああいうのは」
彼女ではないとすれば、愛人だろうか。
(それとも、セフレとかいうやつか)
この服の持ち主がどんな人であろうが、物には関係ない。
私は洗面所に行って、その服に着替える。
私が剣から与えられた部屋は、リビングの上にあるロフトであり、そこで着替えることはできない。
ネグリジェに着替えた自分を鏡で見る。
妙に恥ずかしかった。
その服はそんな露出は多くなかったが、色気があり、まるで鏡の中の自分は、自分ではないようであった。
(そういえばお洒落したのって、初めてかもしれない)
くるりとターンしてみる。
少しポーズ取ってみたり。
笑ってみたり。
小さい頃は、駅の広告などで見るモデルに憧れた時もあった。
勿論、本気で憧れたわけではなく、女の子だったからだと思うが。
ガラガラガラ。
洗面所のドアが開く音を聞き、私はビクっと体を震わせる。
ゆっくりそちらを見ると
「おい、遅ぇぞ。まだか」
モデルの真似事をしている時に、勢いよく剣が顔を覗かせたのである。
ん?という顔をして私を見下ろす。
私はまさに典型的なモデルのポーズをとっていた。
右手を背中の方に持って行き、左手は腰。少し左体重にして、首を傾げる。
剣の顔は私を見ると、にやにやと口角をあげて
「お前」
言う前に私は
「うわあああああああああああ」
と悲鳴というには少し可愛くない声を上げて、彼に回し蹴りを放った。

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