in陰扉door_novel_1

第一章 平穏、変更




夢は夢のままでよかった。

「はぁ?」
青年がそう言った後、私は素っ頓狂な声を出した。
「まあ、取り敢えず最後まで聞いてろよ」
青年が話しているのは、持ってきた『紙切れ』の内容である。
それは、私がここに住む条件の・・・・・・契約書であった。
・・・・・・契約書?
普通ではない雰囲気が少なからずする。
一般的とは少しずれた違和感。
オーディナリーとストレンジの境界。
「第一条 乙は甲に断りなく外出してはいけない」
乙は私、甲は青年のことだ。
「第二条 乙は甲の目の届かぬところで、問題を起こしてはいけない」
「・・・・・・」
私は、口を大きく開けたまま、それから何も言うことができなかった。
「第三条 乙は毎日の食事を甲のために作る」
「第四条 乙に甲から毎月食費等生活費を渡されるが、無駄なものに使ってはいけない」
「第五条 それは渡される小遣いについても同様である」
「第六条 乙は、甲の身の回りの世話をする」
「第七条 乙は甲の寝室には入ってはならない」
「第八条 乙は甲の家の基本的に全て使ってもよいが、壊した場合はそれ相応の処置を受ける」
「第九条 乙は甲の言うことを全て聞き入れなくてはいけない」
青年はここで黙った。
条件はこれだけらしい。
「第十条」
まだあったか。
「これらの条件を乙が破った場合、いかなる理由があろうとも、乙は甲の家を出なくてはならない」
「・・・・・・」
(確かに、他人を家に住まわせるんだから・・・これ位の条件があって当然だよね・・・)
「なんて」
「思うわけねぇーーだろーーがぁぁぁぁぁ!!!!!!」
私は思わず立ち上がり、ココアのカップを床に投げつけた。
バリーンという低い音をたててそれは割れた。
破片が床に飛び散る。
青年はそれに目を少しやってから、私をにやりと笑って見上げた。
「何だよ、不満か?」
「あったりまえだろうが!!この変態が!!!!なんだよ特に最後の!!!!
てんめえの言うこと全部聞かなきゃいけないだってぇぇ??
糞食らえだコノヤローーーっっっ」
「おいおい、待てよ。落ち着けって。まあ聞け」
青年は私の肩に手を置き、まあまあと私を座らせた。
私は荒い息をして、青年を睨み付けた。
感情が高ぶると言葉遣いが荒れるのは昔からの癖だ。今更だが。
もっとも、元々言葉遣いがきれいというわけではない。
「これはさ、一応契約書だからいちいち細かいところまで書かれているだけで、実際は・・・そうだな、家政婦みたいなことをやって欲しいだけなんだよ」
「か、せいふ?」
「意味は分かるよな?」
私はこくんと頷く。
そして
(なーんだ)
安堵の気持ちが広がった。
そして同時に、怒鳴ってしまったという申し訳ない気持ちが広がった。
「分かった。それならいいです。・・・怒鳴ってしまってすみませんでした」
「ああ、別に構わねぇよ。じゃ、サインしてもらえるか?」
「はい」
そこで、私の本能がストップをかけた。
「こっちにも一つ条件がある」
青年は驚いたようにこちらを見て、言った。
「何だ?飲むか飲まないかは別として、聞くだけは聞いてやるぜ」
私は指を一本立てて、青年の目の前に突き出す。
「私の体には手を出さない」
数秒の沈黙が流れた。
先に口を開いたのは、青年の方だった。
「てめぇ・・・恥ずかしい奴だな」
それを聞いた瞬間、自意識過剰女という文字が頭の中を舞った。
(本当だ!!私とても恥ずかしい!!!!)
「まあいいさ、約束してやる」
「・・・・・・どうも・・・じゃあ、契約書に書いて下さい」
口約束だけだと、破られる可能性がある。
私のサイン用に用意されたペンを青年に渡した。
青年は笑顔を貼り付けたままそれを受け取り

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チッ」

確かに、そう、呟いた。
何だかよく分からない液体が体中から流れるのを感じた。
(絶対襲うつもりだった!!絶対そうだった!!)
青年が書き終わった後、自分の名前をサインして、契約書を差し出した。
(か、確認して良かったァァァーー!!!!)


私は、道を間違えたかもしれない・・・・・・
夢は夢のままでよかった。
綺麗なままで終わらせたかった。
せめて・・・第一章だけは美しく終わらせたかった。
今後まともな章がない予感に震えながら、私はそう思うのであった。
 

「あ。言い忘れてたけど、俺の名前、神宮寺剣な。お前の名前は?」
千里は、付け加えるようにそう言った。

next→

←return

home