in陰扉door_novel_1

第一章 おいてけぼりの_2




「嫌だーっっ!降ろせ、降ろせ、降ろせぇーっ!!」

私は、窓から飛び降りた後(そう、二階から!)何故かその青年に抱えられた状態で逃げていた。
お姫様抱っこの方がまだましである。
青年は、私を俵のように肩に担いで走っていたのだ。
私の今の服装は制服だ。
スカートは膝より少し上位の、同級生に比べたら長めの長さであるにも関わらす、その担ぎ方では中が丸見えだ。
青年は、私の下半身をを前にして抱えている。
風の抵抗を受けて、スカートが捲りあがっているのがよく分かる。
すれ違う人々が、次々とぎょっと見て顔を背けてゆく。
「うぅ・・・・・・いい加減降ろしなさいよってばぁぁ!パンツ見えてるんだよぉ!」
すると青年はちらりと私の下半身を見て
「なんだよ、上から何か履いてんじゃん」
痴漢対策と、お腹が冷えないように、私はいつも下に紺パンを履いていた。
しかし今日はよりによって
「なんだ。毛糸のパンツか?」
そう、今日は寒かったので履いてきたのは、毛糸のパンツである。
しかも
「はっ・・・しかもケツにクマさん付いてんぜ」
ご存知の通り、我が家は貧乏だ。
小学生の頃履いていたものを今も使っている。
「見るんじゃねーーーっっ!」
私は恥ずかしさの余り、青年の背中に顔を埋めた。
頭突きしてやろうかとも思ったが、そうすれば唯で済まないのは私の方だ。
(くっそぅ・・・・・・恩人とはいえ、こいつ・・・・・・いつかぎゃふんと言わせてやる!!)
ぎゃふんは死語である。


「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
「お前は走ってないのに何で息切れしてんだよ」
(お前のせいだろぉぉ!!)
という気持ちを込めて私は青年を睨んだ。
青年に抱えられて、着いたのは高級そうなマンションだった。
「ホラ、入れよ」
青年はドアを開けてそう急かすが、私は躊躇った。
恩人とはいえ、男性の部屋に、そう簡単に入ってもいいのだろうか。
ラブホテルにいたということは、彼は独身であり、部屋には誰もいないだろう。
物論、ラブホテルに一緒にいた相手は愛人で、既に結婚している場合もあろうが。
「何やってんだよ、近所の人に見られたら面倒くさいだろうが」
「あ、す、すいません・・・」
背中の近くでドアが閉まる。
結局入ってしまった。
しかし今までの不安は、部屋に入ってすぐ消し飛んだ。
「う、うわあ・・・・・・」
玄関だけでも、私の家のアパートの半分の面積である。
玄関からまっすぐにフローリングの廊下が伸び、両横の壁にいくつかドアがあった。
おそらく他の部屋に通じているのだろう。
廊下の終わりにはドアはなく、広い部屋に通じていた。
玄関からでも、その広い部屋の窓から差し込む月明かりに照らされる部屋の様子が分かる。
青年は、そんな私にはお構いなしに、靴を脱いでずんずんと廊下を進んで行った。
(靴下で、上がっちゃってもいいのかな?)
「お邪魔します・・・」
そう言うと、青年は少しこちらを振り向いたが、気にせず進む。
彼に付いていって、私たちは突き当たりの広い部屋に出た。
黒で統一されたインテリア、電気はついていないのに、月明かりだけで十分明るかった。
大きな窓は、正面にあった。
ベランダへと通じている。
右手にはリビングだろうか、黒いソファ、その前に白い大きなスクリーンがあった。
(テレビじゃなくて、スクリーン!!)
左手にはキッチンがある。私の家の五倍ほどの広さだ。
(L字型キッチンだ・・・初めて見た!ってか、リビングという存在も、ベランダという存在も、初めて見たッ!!)
家のお風呂、トイレ、というものも見てみたかった。
我が家は、お風呂は銭湯、トイレは共同、である。
「座ってろ」
青年はそうソファを指差して言った。
正直ヘトヘトだったので、お言葉に甘えて座らせて貰う。
(うわあ・・・・・・ふかふかだ)
危うく寝そうになってしまった。
いかんいかんと体制を立て直す。
青年は暫くした後、カップと何やら紙切れを持って戻ってきた。
(なんだろう?)
カップの中はココアだった。
「!!!!」
「?どうした?」
青年は怪訝そうに尋ねたが、私は感動のあまり泣きそうにして腕を震わせていた。
今日一日、いやここ最近ずっと、私は人の優しさに触れていなかった。
家では両親と対立し、弟を守り。
学校では自分のことは自分でし、ひたすら勉強していた。
(こいつ・・・・・・優しいなあ・・・これだけで惚れてしまいそうだよ)
私はココアに口を付けた。
その瞬間。
「グゲヴォッゥ・・・・・・・・・・・くっ」
声にならない音が漏れた。
(何この味!!)
明らかにココアの味ではなかった。
ハバネロのような辛さ、ごま油のような香ばしさ、チョコレートボンボンのような大人の味、抹茶のような苦味、それだけではない。
(どことなく某ラッパのマークの胃腸薬の味が・・・・・・・)
しかし私は、先ほどの感動を忘れることはできなかった。
「お・・・・・・いしい、です」
(お願い、お兄さん、五分でいいからどこかへ行って!そしたら私、カップの中の液体と今にも口からでそうな物体を、トイレに流しに行くことが出来るのに!!!!)
心の声は、伝わらない。

「で、お前はどうしてあんなところで逃走劇を繰り広げていたんだ?」

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