in陰扉door_novel_1

第三章 恋・乞い・故意_5




最初は剣が私を守っているように見えた。
だから私も、と思って出来る限り私の体で、剣の体を包み込むように抱え直した。
けれどだんだんそんなことはお互い意味をなさなくなってきて、私たちはどっちがどちらか分からない、一つの楕円になったみたいだった。
二つの粘土を、ずっと丸めてて、皴が取れてきれいな球になった感じ。
体中が痛かったけど、不思議と嫌な気分じゃなかった。

それどころか、ずっとこのままでいたい、とさえ。

「おい、おい・・・愛っ!!」
頬への衝撃で目が覚めた。
目の前には、剣の心配そうな顔。
そりゃそうだ。
崖を転がってきて、目が覚めなかったら死んだのかと思うよね。
「大丈夫か」
起き上がろうとすると、体中がミシミシいった。
けれど、幸い骨は折れていない・・・
「あいたっ」
と思ったら、右腕に鈍い痛みが走った。
見ると、大きく肉が抉れている。
それは言葉では形容しがたく、見るだけで血の気をひかせる威力があった。
(皮がむけるってだけじゃないんだ、怪我って・・・・・・)
「剣・・・元気?」
そう言うと、剣は笑って、おう、と言った。
どうやら冗談は伝わったらしい。
剣は私と同じように横に仰向けになっている。
「怪我は?」
そう聞くと、
「足をやった。お陰で歩けねぇ」
顔がさあっと引く。
私のせいだ。
「ごめんなさい」
それにも剣はおう、と頷く。
私たちは、気を失っていたらしい。
無理もない。
あれだけ長く転がっていたのだから。
転がる速度はそれなりのものだったであろう。
なのに今命があるということは、実はすごいことなのかもしれない。
ぽつり、ぽつりと雫が私の顔を濡らした。
「雨だ」
怪我をしていて、辺りも暗い今、動くのは得策ではない。
けれどそうは言っていられないようだ。
「あそこに、小屋があんの、見えるか」
少し動かすだけでも足に響くのかもしれない、顔をしかめながら顎で前の方をさした。
「うん」
「そんなベタな・・・って感じだが、あそこはモノレール乗り場なんだよ。鍵は開いてねぇだろうけど、隣の物置なら開いてるかもしんねぇ」
そういえば、この宿の入り口に張ってあった周辺の地図に、モノレールの絵を見たような気がする。
宿の敷地は、少しだけ高くなっていて、下ると、モノレールと観光客向けの土産屋が密集しているらしい。
「分かった」
私は右腕を使わず、立ち上がる。
どこかでまたバキッという音がするが、我慢した。
「悪いな」
私は首を振る。
剣は悪くない。
(私を守ろうとして怪我したんだから・・・・・・多分)
多分がついたのは日頃の行いだ。
足に刺激を与えないよう、ゆっくりと剣の腕を取り、自分の肩にかける。
そして、またゆっくりと立ち上がって、歩き出す。
雨がひどくならないうちに辿り着きたいが、転んでしまってはいけない。
一歩ずつ確実に歩むようにして、前だけを見て、歩いた。


ある意味ラッキーなのかもしれない。
物置の鍵は開いていて、その中に入ろうとしたら物置の扉に鍵がかけてあった。
無用心なことこの上ないが、助かった。
その鍵で小屋を開け、中に入る。
中は意外と広く、小さなソファと冷蔵庫があった。
そのソファに剣を降ろし、私は冷蔵庫の中を覗き込む。
「おつまみと、ビールが入ってるけど・・・こういうの、勝手に飲んでいいのかな」
「しょーがねぇよ。緊急事態だ」
「何が緊急事態だよ。怪我とは関係ないじゃん」
そう言いながらも私はビールの缶を開ける。
コップはないのでそのまま剣に渡した。
「お前って・・・本当ツンデレよな」
「うっせえ」
けれど剣は今寝そべった状態だ。
飲みにくい上、足が痛むのだろう、2、3口飲んだだけで止めてしまった。
「水とかはないのか?」
「うん、これだけ」
私は剣からビールを受け取った。
実は、とてものどが渇いている。
剣の方にビールの缶を上げて、首を傾げてみる。
「煮込んでからな。そしたらアルコール消えるから」
「・・・以外と厳しいな。あんたどうせ未成年時から飲んでたんでしょ」
「それはそれこれはこれ」
私はため息をついて、なべを探し、火を点ける。
そうしてしまえば、部屋は雨の音と火の燃える音だけが聞こえた。
時々、虫の鳴き声も聞こえる。
この小屋に、無線らしきものはあるけど、電源はつかない。
朝まで待つしかないということだ。
朝になれば、私が助けを呼びにいける。
(二人っきりか・・・)
いつも二人っきりのはずなのに、今日に限って、妙に緊張する。
何か話題、と思ったとき、剣の方から口を開いた。
「肝試し、参加したのか」
「あ、ああうん。友情のためにね」
「木下か?」
「うん」
「そりゃ、確かに友情だわ」
「・・・どういう意味だよ」
「あいつ、ホモだろ」
私は思わず、鍋を倒してしまいそうになった。
「な、なんでわか・・・」
「そりゃ分かるさ。俺を舐めんなよ?」
「・・・・・・」
さすがだぜ、神宮寺剣。
「だから・・・」
「安心した」
私はこの意味がよく分からなかったけれど、その夜はいつもより、私たちは饒舌だった。

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