in陰扉door_novel_1

プロローグ




戻りたい。
二年前・・・・・・三年前・・・・・・
叶うことなら、十年前に戻りたい。
無邪気で、何も考えず、真っ白で、人間は何にでもなれると信じていた頃。
それは本当は、不幸なことかもしれない。
無知だからだ。
でも、それでも私は苦しまずに済む。

人は何にでもなれる・・・訳がない。
理論的には可能だとずっと思っていたのだ。
これはそう思いたいという希望ではなく、心からの考えだ。
例えば、極端なことを言えば、現総理大臣が突然辞職し、エグ○エルの新メンバーになる可能性だってゼロじゃあない。
勿論それは望まなければゼロのままだ。
けれど現総理大臣が望めば、なれる可能性もゼロじゃない。
最近メンバー異様に多いし、あのエ○ザエル。

でも、いくら望んでも、叶わないことがある。
例えば、神なるとか。
侍になるとか。
そして、そんな不可能な例の一つはとても身近に転がっていた。


「ふざけんじゃねえよ!この糞両親!」
パアンという威勢のいい音が、狭い五畳半の部屋に響き渡った。
そこには座り込んだ小汚い格好の両親と、制服の私。その時、弟は友達の家にいた。
汚い家族を見せずに済む。それが、不幸中の幸いだった。
「あんた、父親に向かって何てこと言うの!」
頬を打ったのは母親だったらしい。後から来る痛みを感じながら、(自分のことはいいのかよ・・・)と私は突っ込んだ。
「謝りなさい!!」
私は首を背けた。
百歩譲って、両親に対する無礼な態度は認めるとしても、非があるのは明らかに両親の方なのだ。
私の家は貧乏だ。
パパとママと弟一人の四人家族で、生活保護を受けている。
生活保護の対象がどんなものなのかは詳しく知らないが、国民の年金は、パパによって多大なる額を無駄にされている。 主に酒と煙草とパチンコ。
この家は、私がバイトで稼いだお金で成り立っている。
これは誇張ではなく、事実である。
国立の高校を特待生入学した私はデスクワークとその他もろもろ頭を使うバイトで月々かなりの額を稼いでいるのだ。
もっともデスクワークには無断で高校のパソコンを使っているので、ばれたら退学処分だろうが。
勿論成績をキープしながら稼ぐのは容易ではない。
かなり容易ではない。
つーか辛い。
かなり辛い。
こんなに頑張れるのは、弟のケン太と、自分の弁護士になるという夢のためだ。
だから私は、「女性だから将来は早めに結婚」と言っているクラスメートを軽蔑している。
恐らくその気持ちの中には、経済状況に関する妬みもあるのだろう。相手に非のない軽蔑ということは言うまでもない。
兎に角、私は必死だった。
考えること二つだけを頭に置き、後の脳の機能は全て使った。
そうして貯めたお金だった。
だった。
だった。
今はもうない。
頭が狂いそうなほど怒って、心臓が雑巾みたいに絞られたように痛かった。
もういっそ、死んでしまおうか、なんて考えた。
初めての感情だった。ずっと、自殺する奴は馬鹿だと思っていたのに。
恐らく怒り過ぎたために、頭がイカれて馬鹿になってしまったのだと思う。
これで、夢は叶わなくなった。
高校二年生である今までに貯めたお金がないと、大学には行けない。
また特待生で奨学金をもらう手もあるけれど、そこまでの脳味噌は持ち合わせていない。
大体お金がないので、本屋で参考書を立ち読みして勉強しているのだ。
東大法学部に一般入学するのが限度だ。
不可能
脳内がその単語で一杯になる。
人間に、不可能なことはやっぱりある。
そう悟った瞬間、涙が出そうになった。
けれど慌てて堪える。
泣いてなんかやるもんか。
涙は出なかったけれど、鼻水は止めなれなかった。多分私の顔はひどいことになっているだろう。
皮膚は真っ赤だろうし、目は潤み、鼻水が垂れて。
おまけに何かに堪えているようなしわくちゃな顔。
多分、生まれたての赤ちゃんみたいな顔をしていると思う。
そんなに無邪気ではないけれど。

そうして家を飛び出し、やっと出せた涙を制服の裾で拭いた。
けれどあまりに量が多すぎて、意味がなかった。
痛いものから、辛いことから逃げ続ける生活も、悪くないものなのでは、なんて大嫌いな考えを頭に浮かべながら、私は泣いた。

そうして私は発見する。
両親が寝静まった頃を見計らい帰って来た私に突きつけられた、最後の選択だった。
その紙切れは、多分遺書。
机に置いてあったチラシの裏に、汚い文字で、汚いパパの文字で、

ごめんなさい

何年ぶりに聞いただろう。
心の中ではなく、パパと口に出して呼んでいた頃以来だと思う。
謝ったって許してやるものか!!
とも
パパ、ママ、もしかして死ぬつもりじゃ!!
とも思わず
私は布団を出して眠りに就いた。

ずっと後悔している。



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